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■2012年9月20日
車椅子バスケットボールプレーヤー京谷和幸が現役引退を発表
車椅子バスケットボールプレーヤー京谷和幸が現役引退を発表
車椅子バスケットボールプレーヤー京谷和幸が現役引退を発表

京谷和幸は、1993年11月、Jリーガーとしての将来を期待されながら不慮の事故に遭い、車いす生活の宣告を受けました。その後数々の葛藤や苦難を乗り越え、車椅子バスケットボールプレーヤーとして2000年のシドニーを皮切りに、アテネ、北京、そして今年行われたロンドンと、4大会連続でパラリンピックの舞台で活躍して参りました。

悲願であるパラリンピックでのメダル獲得はならなかったものの、車椅子バスケットボール界、ひいては障害者スポーツ界に多大な功績を残しました。 今年で41歳という年齢を迎え、次のステージへと進むための決断でございますので、皆様におかれましては何卒ご理解いただくとともに、今後とも京谷和幸の活動をご支援いただきますよう宜しくお願い申し上げます。


以下は、京谷自身による引退表明です。ぜひ一度目を通していただきますよう、重ねてお願い申し上げます。



引退表明

私、京谷和幸は、車椅子バスケットボール選手として、
現役を引退することを決意いたしました。
現役を引退することは、
今回のロンドンパラリンピックを目指すと決めたときから決めていました。

「現役最後は、ロンドンの地で・・・」
そう思って、北京パラリンピックからの4年間、
肉体的にも精神的にもギリギリのところで勝負してきました。

プロサッカー選手だった自分が、交通事故によって車椅子の生活となると知ったときは、
「サッカーができないなら死んだ方がましだ!」とさえ思ったこともありました。
あの頃は、こんなに素晴らしいスポーツに出会えるなんて、全く思いもしませんでした。

人生のどん底に突き落とされ、
真っ暗闇をさまよっていたときに出会った「車椅子バスケットボール」。
最初は自分のプライドが邪魔してか、
「所詮、障害者のスポーツだろ!」と敬遠さえしていました。
それでも、千葉ホークスの選手たちの華麗なプレー、車椅子バスケの奥深さを知るにつれ、
自分もこの車椅子バスケで輝きたいという気持ちが芽生えてきて、
「パラリンピック出場」という夢を持ったのです。

車椅子バスケ人生18年。日本代表として13年。
楽しいことも辛いこともたくさんありましたが、
振り返ってみると楽しいことの方が多かったと思います。

千葉ホークスとしては、3連覇を二度経験し、13年連続ファイナル進出、
日本代表としては、シドニー、アテネ、北京、ロンドンと4大会連続パラリンピック出場。

こんな経験ができたのは、車椅子バスケと出会ったから・・。
車椅子バスケは、私に多くのことを学ばせてくれたし、多くのことを教えてくれました。

「勝つ喜び、負ける悔しさ、日本代表としての自覚、責任、誇り・・・」

サッカーができなくなって失いそうになったものを、車椅子バスケは思い出させてくれました。
もう一度輝ける場所を与えてくれた車椅子バスケには、感謝の気持ちしかありません。

日本代表としても、千葉ホークスとしても、プレーすることはありませんが、
車椅子バスケットボールプレーヤーとしての「誇り」は
これからも持ち続けて行こうと思っています。

ここまで来ることができたのは、いつもそばで支えてくれた家族、
苦楽を共にしてきた千葉ホークスのメンバー、
世界と戦い、共に笑い泣いたジャパンのメンバー、
今まで応援してくれたたくさんの方々のおかげです。

一人じゃできないことも、みんなとなら乗り越えられる!そんな車椅子バスケ人生でした。

車椅子バスケットボールプレーヤー京谷和幸は今日で終わりですが、
京谷和幸は、これからもいろんなことにチャレンジして行きます!

車椅子バスケがくれた「誇り」と「自信」を胸に・・・


今まで一緒にプレーした千葉ホークスのメンバー、ジャパンのメンバー、本当にありがとう!

車椅子バスケに関わってくれたみなさん、応援してくださったみなさん、本当にありがとうございました!

車椅子バスケ関係者、スポンサーのみなさん、本当にありがとうございました!

いつもそばで支えてくれた、妻と子供たち、両親、姉弟、家族のみんな、本当にありがとう!

そして、、車椅子バスケ、18年間、本当にありがとう!!

感謝!

                                                京谷和幸