ライツネットワークメンバーの植田 辰哉プロフィール
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植田 辰哉
Tatsuya Ueta
日本を16年ぶりのオリンピックへ導いた闘将
前全日本男子バレーボールチーム監督。1992年、バルセロナオリンピックに主将として出場し6位入賞を果たす。2005年、低迷を続けていた全日本の監督に就任。
凄まじい量の練習や、日本代表選手としての誇りを持つことを選手に要求するなど、強烈なリーダーシップでチームを作り上げた。
そして、2008年北京オリンピック世界最終予選にて、16年ぶりのオリンピック出場を勝ち取る。出場権を獲得した瞬間、コートに倒れこみ、男泣きした姿は日本中に大きな感動を与えた。座右の銘は、『驕兵必敗』
植田 辰哉
略歴
1964年7月25日、香川県出身。
大阪商業大学卒業後、新日本製鐵(現、堺ブレイザーズ)に入社。日本リーグ(現、Vリーグ)ではセンタープレイヤーとして、新人賞、ベスト6(5年連続)、ブロック賞、スパイク賞など数々のタイトルを獲得。日本代表としても活躍し、1992年のバルセロナオリンピックには主将として出場。6位入賞に大きく貢献した。 現役引退後は、新日鐵、日本代表ジュニアチームの監督を歴任し、2005年に日本代表監督に就任。オリンピック出場を果たすため、非常に厳しい指導を続け、低迷を続けていた日本代表をフィジカル面、メンタル面ともに鍛え上げ、戦う集団へと変えていった。
2008年、北京オリンピック世界最終予選を見事に突破。自身が出場したバルセロナ以来、16年ぶりに日本代表をオリンピックへと導いた。また熱血指導の一方では、目標を達成するための緻密な計画も立てるなど、卓越した組織マネジメント力を持ち、企業からの講演依頼も多数寄せられる。
現在は、日本バレーボール協会シニアディレクター(強化副委員長)、大阪商業大学教授。
主な競技歴
<選手>
1989年
アジア選手権大会準優勝、ワールドカップ 6位
1991年 アジア選手権大会優勝、ワールドカップ 4位
1992年 バルセロナオリンピック 6位
◎受賞歴  
1987年 日本リーグ新人賞
1988〜1992年 日本リーグベスト6 ※5年連続受賞
1990、1993年 日本リーグブロック賞
1991、1992、1994年 日本リーグスパイク賞
2007年 Vリーグ栄誉賞
   
<監督>
1999〜2002年 新日鐵(現 堺ブレイザーズ)
2003〜2004年 日本代表ジュニア(男子)
2004〜(現在) 日本代表(男子) ※2004年は暫定監督
◎日本代表監督での主な戦績
2005年 アジア選手権 優勝
2006年 世界選手権 ベスト8
2007年 アジア選手権 準優勝、ワールドカップ9位
2008年 北京オリンピック世界最終予選兼アジア大陸予選2位(出場権獲得)
2008年 北京オリンピック ※16年ぶりのオリンピック出場
2009年8月 世界選手権アジア予選 1位
2009年10月 アジア選手権 優勝
2009年11月 ワールドグランドチャンピオンズカップ 3位(銅メダル)
※全日本男子の国際大会では32年ぶりのメダル獲得
2010年11月 アジア競技大会 優勝 ※16年ぶりの金メダル獲得
指導者資格
・JOC専任コーチ(TOPコーチアカデミー)
・日本体育協会上級コーチ
著書
・『徹底マネジメント』(総合法令出版)