ライツネットワークメンバーの永瀬充プロフィール
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永瀬 充
Mitsuru Nagase
北海道ベアーズ所属
アイススレッジホッケー日本代表GKとして4大会連続パラリンピック出場。バンクーバーでは堅守で銀メダル獲得に大きく貢献
高校1年の秋にバスケ少年を襲った突然の難病。ショックから虚無感に苛まれたときもあったが、アイススレッジホッケーに出会い、大きな転機を迎える。スポーツも人生も「楽しく、強く、かっこよく」がモットー。
永瀬充
略歴
1976年1月23日生まれ。旭川市出身。中学・高校とバスケ部に所属するが高校1年生(91年)の秋に神経の難病「慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(CIDP)」に襲われ歩行困難に。翌年2月から4ヵ月入院するが、症状は好転せずスポーツができないショックから虚無の時を過ごす。一度大学に入学したが、症状が悪化し間もなく中退。
95年(19歳)、旭川に戻って入院中にアイススレッジホッケーに出会い、退院後さっそく練習に参加。
98年(22歳)、長野パラリンピックにゴールキーパーとして出場し、セーブ率90%で総合4位。
00年(24歳)、世界選手権では世界オールスターメンバー(ベスト6)に選ばれる。
同年、「本場でアイスホッケーを極めたい」とカナダのオタワに渡りアルゴンキン・カレッジに留学。障害者支援ワーカーコース(DSW)で学び、地元チームに加わって腕を磨いた。
02年(26歳)、ソルトレークシティーパラリンピックに出場し、長野大会銀メダルの強豪カナダを下す大金星をあげる。セーブ率87%は、全出場ゴールキーパー中2位を記録。
06年(30歳)、トリノパラリンピックでは予選リーグ1勝1敗1分、順位決定戦2勝0敗で5位入賞。
10年(34歳)、バンクーバーパラリンピックでは、準決勝で地元カナダと対戦し20本中19本のシュートを止めて勝利に貢献。初の決勝進出を決め、銀メダルを獲得した。
現在、障害者相談支援センターで相談支援員・コーディネーターとして働く傍ら、パラリンピックアスリートによる選手会・日本パラリンピアンズ協会(PAJ)の理事を務め、地元旭川・北海道で障害者スポーツの普及活動や講演活動を積極的に行なっている。
障害があってもなくても一緒にスポーツを楽しめる地域づくりを目指し奮闘中。
永瀬充
  主な競技歴
 
 
1998年 長野パラリンピック大会 5位
2000年 世界選手権 4位
  世界オールスターファーストチーム選出
2002年 ソルトレークシティーパラリンピック 5位
世界オールスターセカンドチーム選出
2004年 世界選手権 6位
2006年 トリノパラリンピック 5位
2008年 世界選手権 4位
2009年 世界選手権 4位
2010年 バンクーバーパラリンピック 2位 銀メダル
 
 
  現在の活動
 
  ・ 北海道ベアーズ所属
・ 一般社団法人日本パラリンピアンズ協会(PAJ) 理事
・ 特定非営利活動法人障害者スポーツ支援センターアドバイザー
 
  関連リンク
 
  永瀬充ブログ
一般社団法人 日本パラリンピアンズ協会
特定非営利活動法人 アダプテッドスポーツ・サポートセンター
日本アイススレッジホッケー協会
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