ライツネットワークメンバーの宮ノ腰達也プロフィール
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宮ノ腰達也
Tatsuya Miyanokoshi
奇跡を起こした伝説のシューター。
今も伝説に残るJBL2000年度ファイナル。…残り時間1分30秒、ビハインドは5点。誰もが優勝を諦めかけたその時、2連続3Pという離れ業で奇跡を起こしたスペシャリスト、シューターという名の職人。
宮ノ腰達也
略歴
1974年4月24日生。岐阜県出身。シュートの上手さを認められ中学生の時からシューティングガードに。岐阜農林高校3年生時、18歳以下日本代表、日本大学3,4年生時には、22歳以下日本代表に選出。97年、大和證券入社。99年5月、全日本入り。2000年、大和證券「ホットブリザーズ」廃部に伴い、いすゞ自動車入社。しかし2年後には、いすゞ自動車「ギガキャッツ」も廃部。2002年5月、小浜元孝・元いすゞ監督らとともに、クラブチーム・横浜ギガキャッツへ移籍。その後日立サンロッカーズ、千葉ピアスアローバジャーズを経て、2007-2008シーズンは豊田通商ファイティングイーグルスで活躍。
主な競技歴
1992年 18歳以下日本代表・ジュニアアジア選手権(北京) 3位/カナダ強化合宿参加
1995年 22歳以下日本代表・韓国国際大会
1996年 李相佰杯争奪・日韓学生バスケットボール競技大会 準優勝/韓国国際大会

1997年

大和證券「ホットブリザーズ」入部
1999年 全日本・福岡アジア選手権大会 5位
2000年 全日本・ジョーンズカップ 5位/アメリカドリームチーム親善試合
いすゞ自動車「ギガキャッツ」へ移籍
2002年 クラブチーム「横浜ギガキャッツ」へ移籍
2003年 「日立サンロッカーズ」へ移籍
2006年 千葉ピアスアローバジャーズへ移籍
2007年 豊田通商ファイティングイーグルスへ移籍
著書

「英雄神話SPORTS」Vo.14(徳間書店)

関連リンク
豊田通商ファイティングイーグルスチームブログ
21世紀の骨のあるヤツ…第2回…
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「バスケットボール人生をこのまま終わらせるわけにはいかない。」
日本のトップレベルまで上り詰めた男が、2度の廃部という波乱に飲み込まれ、悩んだ末に職安にまで足を運んだといいます。しかし今、その試練を乗り越え、新しいバスケットボール人生に第一歩を踏み出しました。
JBLのチームに比べ練習量も選手の数も絶対的に少ない中で、オールジャパンを目指しJBLのチームと対戦することを夢見て戦っている宮ノ腰達也…。大変厳しい時代ですが、そんな時代だからこそ、彼の生き様に触れてほしいのです。きっと勇気がわいてくるでしょう。
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