ライツネットワークメンバーの楠瀬志保プロフィール
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楠瀬志保
Shiho Kusunose
全日本スプリントで橋本聖子の10連覇を阻み優勝。リレハンメル五輪、長野五輪で3種目出場。
「震えてばかりだったリレハンメル五輪。弱い自分が許せなかった…」続行した競技生活、1000mの女王として世界に君臨した。そして迎えた長野五輪。己との戦いに勝利した彼女はメダリストに負けない笑顔を見せた。
楠瀬志保
略歴
1969年10月23日生。北海道出身。父の影響で3歳にして氷上デビュー。小・中学時代は、バレー・ハードル・スケートの3種目でそれぞれ活躍するが「3競技の中で世界レベルに一番近いのはスケート」という父の言葉に、名門駒澤大学付属苫小牧高校進学を決意、3年生時には世界ジュニア選手権1000mで優勝。日本体育大学1・2年生時には日本代表に。92年、(株)佐田建設に入社、その冬、全日本スプリントで橋本聖子の10連覇を阻み優勝する。94年、念願のリレハンメル五輪で3種目出場し、1000m6位入賞。98年、長野五輪でも3種目出場。この年一線を退く。99年、生まれ故郷に戻り、北海道別海町教育委員会職員に。
主な競技歴
1988年 世界ジュニア選手権 1000m 優勝 (総合3位)
1989年〜90年 世界スプリント選手権大会出場
1992年 佐田建設(株)入社
1993年 全日本スプリント 総合優勝
1994年 リレハンメル冬季五輪 500・1000・1500m出場(最高順位1000m6位)
1998年 長野冬季五輪 500・1000・1500m出場(最高順位1000m11位・500m自己新)
3/29・カルガリー世界種目別選手権1000mを最後に、一線を退く
佐田建設(株)で通常勤務をしながら、1年間、講演・解説・イベント活動などをこなす。
1999年 地元・北海道別海町教育委員会・青少年育成指導員に。
世界スプリント選手権 1993年から98年連続出場(最高順位 97年 総合4位)
W杯 1989年から98年連続出場(1000m通算5勝)
現在の活動
12月中旬に町に天然リンクが出来た時から、子どもたちと一緒に「巡回スケート教室」開始。
また、2年ぶりの「阿寒国際スケートマラソン」出場計画や、昔のスケート仲間と「スケート駅伝」にも出場予定。

【講演】
2つのオリンピック経験を含め、チャレンジした事すべてが自分のプラスになるという事実。
心の中で思った事を行動に移す勇気、挫折を恐れず挑戦してみる勇気の大切さ。
プレッシャーや己の弱さの克服など。
【クリニック】
競技者に合わせた技術指導。「スケートの基本」や、練習の仕方など。出来なかったことが出来るようになる喜びと感動を一緒に味わう。
【テレビ出演】
・TBSテレビ 98・99年「全日本スプリント」 解説
・NHK北海道 「ソルトレイク直前・頑張れ道産子選手」「もっと北海道」フォーラム
2002年12月5日「ほくほくテレビ」生出演
著書
【連載エッセー】
「ポプラ並木」(読売新聞 北海道)
「楠瀬志保の応援歌」(北海道新聞 釧根(釧路・根室)スポーツ)
ライツからの一言
現役引退後も、スケート関係はもちろん、マラソンの大会だ、ボランティアコンサートだと、誘われるとどこへでも出かけてしまう彼女。極めつけは、地元に戻ってからの「国体・成年の部」への参加(見事記録更新の優勝です)。「周りの応援に答えたい・子供たちに夢を与えたい」との事だったそうですが、この行動力!
この人のパワーはなんなんだと感動すら覚えます。
「当たり前の事を当たり前に出来る人」「決断した自分を後悔させない自分でいること」…すばらしい御両親から受け継がれた彼女の人生テーマは、今は、1歳になる「太陽」君に受け継がれようとしているのでしょう。【パワーと、勇気と、優しさ】彼女は、出会うすべての人へ、そんな贈り物をしてくれる人です。
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